糖尿病の合併症には、高度のインスリン作用不足(インスリン分泌が著しく低下したり、効きがとても悪くなる)によって起こる急性合併症と長年の高血糖によって起こる慢性合併症があり、いずれも患者のQOL、生命予後を悪化させます。これらの合併症の発症を予防し、進展を阻止することが糖尿病治療の目的です。
糖尿病の急性合併症とは、緊急治療を必要とするような意識障害をきたす合併症のことであり、適切な治療が行われなければ生命をおびやかすこともあります。急性合併症には、感染症や脱水、治療の中断や甘いジュースの飲みすぎなどがきっかけとなって、異常な高血糖となることで急激に発症する高浸透圧高血糖状態と極度のインスリン欠乏によりケトン体とよばれる物質が増加することにより血液が酸性に傾き、重度の場合には昏睡にも陥る糖尿病性ケトアシドーシスがあります。生命に関わることもありますので、急いで医師に相談するようにしてください。
糖尿病の慢性合併症とは、自覚症状がないからといって高血糖状態を長期間放置しておくことによって血管や神経が傷つき、さまざまな臓器に起きる障害のことです。合併症には、細い血管に起こる細小血管障害と大きな血管に起こる大血管障害があります。
細小血管障害(糖尿病の三大合併症)や大血管障害(脳梗塞、心筋梗塞など)を防ぎ、進行を阻止するためにも、血糖コントロールをきちんと行い、定期的に検査を受けることが大切です。
細小血管障害(糖尿病の三大合併症)とは
細小血管障害には、三大合併症といわれる糖尿病網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害があります。これらは高血糖によって網膜や腎臓などの細い血管、神経などが障害されて起こります。網膜症による失明のほか、腎症による人工透析導入、足の切断は増え続けています。わが国では年間3,000人以上が糖尿病網膜症の進行によって失明し、さらに年間16,000人以上が糖尿病性腎症の進行によって人工透析導入、年間3,000人以上が糖尿病性足病変の進行によって下肢切断となっています。
糖尿病網膜症
糖尿病網膜症は、糖尿病によって目の中の網膜の毛細血管が傷つき、視力が低下する病気で、最終的に失明に至ることもあります。糖尿病網膜症は中途失明原因の第2位を占めています。2型糖尿病は発症時期が定かでないことが多く、自覚症状がみられる頃には、かなり進行している可能性があります。重くなってからでは治療が難しく、視力が回復しないことも多いため、糖尿病と診断されたら、定期的に目の検査を受けることが大切です。
糖尿病性腎症
糖尿病性腎症は、糖尿病によって腎臓が障害される病気で、病状が進み、腎臓の機能が完全に失われてしまう末期腎不全まで至ると、人工透析や腎移植が必要になります。人工透析を受ける患者さまは増え続けており、糖尿病性腎症は、1998年以降、新しく人工透析を始める原因疾患の第1位となっています。
腎臓には、血液をろ過して老廃物や余分な水分を取り除き、尿として体外に排泄するはたらきがあり、その中心的役割を果たしているのが「糸球体」です。糸球体は毛細血管の集まりで高血糖状態が続くと、糸球体の毛細血管が障害され、血液をろ過する機能が弱くなっていきます。そうすると、アルブミン(タンパク質の一種)やタンパク質が尿に出たり、老廃物が体にたまるようになります。末期腎不全にまで至ると、腎臓のかわりに機械で血液をきれいにする人工透析などが必要になります。
現在のところ、糖尿病性腎症の特効薬はありません。腎症の発症・進行を食い止めるためには、血糖コントロール、血圧コントロール、食事療法(タンパク質・塩分・カリウムの制限)を確実に行っていくことが治療のカギとなります。
糖尿病性神経障害
神経障害は、高血糖状態が続くことによって末梢神経や自律神経が障害され、痛みやしびれなどが起こる病気です。三大合併症の中では自覚症状があるので、最も早期から発見されます。最初のうちは、手足のしびれや痛み、こむら返り、感覚低下などが主ですが、進行すると足の壊疽の原因となります。日本では、神経障害や足の血流障害などにより糖尿病性足病変が進行し、毎年 3,000人以上の人が足を切断しています。軽症のうちなら、血糖コントロールだけでも症状が改善しますが、進行すると回復が難しいため、定期的に検査を受け、早期発見・治療を心がけましょう。
神経障害の原因は高血糖ですから、進行を防ぐにはやはり良好な血糖コントロールを維持することが大切です。足の傷に気づかないまま悪化させてしまうと、潰瘍や壊疽の原因となりますので、足のチェックはこまめに行いましょう。
糖尿病に合併した高血圧症
糖尿病の人の半数以上が高血圧症を合併しているといわれています。糖尿病と高血圧症が重なると、動脈硬化が加速し、心筋梗塞や脳卒中になる危険性が高まります。また、高血圧症は糖尿病腎症や網膜症を悪化させる原因にもなるため、血糖値同様、血圧も積極的にコントロールすることが大切です。
高血圧症と診断され、治療が必要になるのは、140/90 mmHg以上ですが、糖尿病の人は、動脈硬化が進みやすいため、130/80 mmHg以上で治療が必要になります。糖尿病の人、とくに腎症がある人にはより厳しい降圧目標が設けられています。
高血圧症の治療では、糖尿病と同じく、食事療法、運動療法が基本となります。食事でとくに重要になるのが減塩です。塩分の摂りすぎは、血圧を上昇させるだけでなく、腎臓にも悪影響を及ぼしますので、1日6 g未満を目標に減塩に努めてください。ふだんの自分の血圧を知って、治療に役立てるためにも、家庭血圧測定が重要です。朝晩の血圧を測り、記録するようにしましょう。
食事療法、運動療法を実施しても降圧目標を達成できない場合には、薬物療法を開始します。アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、カルシウム(Ca)拮抗薬、利尿薬の4種類の降圧薬を用い、降圧目標(130/80 mmHg未満)の達成を目指します。
糖尿病に合併した脂質異常症
脂質異常症は、血液中の悪玉コレステロール(LDLコレステロール)や中性脂肪(トリグリセリド)などが増えすぎるか、善玉コレステロール(HDLコレステロール)が少なすぎる病気です。糖尿病は脂質の異常が起こりやすく、糖尿病に脂質異常症が合併すると心筋梗塞や狭心症などの心臓病の危険性が高まるため、きちんと治療する必要があります。
脂質異常症の治療でも、食事療法と運動療法が重要となります。基本は糖尿病の食事療法と変わりませんが、コレステロールの多い食品は少し控えるようにしましょう。運動は善玉コレステロール(HDLコレステロール)を増やす効果もあるため積極的に行ってください。
食事療法、運動療法を実施しても脂質管理目標値を達成できない場合には、薬物療法を開始します。血液中の悪玉コレステロール値が高い場合(高LDLコレステロール血症)の第一選択薬はスタチン系薬剤(HMG-CoA還元酵素阻害薬)です。中性脂肪の値が高い場合(高トリグリセリド血症)や善玉コレステロール値が低い場合(低HDLコレステロール血症)にはフィブラート系薬剤を考慮します。
糖尿病と肥満
肥満とは肥満係数(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)により算出され、BMI(Body Mass Index)ともいいます)が25 kg/m2以上の状態であると定義されています。さらに、肥満には「皮下脂肪型肥満」と「内臓脂肪型肥満」の2つのタイプがあり、内臓脂肪型肥満は糖尿病や動脈硬化と関連が深いことが知られています。日本人は、肥満の程度が軽くても内臓に脂肪がつきやすく、糖尿病になりやすいといわれています。また、内臓脂肪型肥満ではインスリンの効きが悪くなって(インスリン抵抗性増大)、糖尿病以外に脂質異常症や高血圧も同時に現れ、さらに無症状の間に動脈硬化が進行してしまう「メタボリックシンドローム」になりやすいことが知られています。
肥満になると、インスリンの必要量が増えるため、膵臓のβ細胞はインスリンをたくさん作ろうとはたらき続けます。しかし、その状態が続くと、膵臓が疲れて、血糖を処理する機能に次々と異常が起こり、血糖値が上がり始めます。こうした肥満糖尿病では、腎症や網膜症などの合併症が進みやすく、糖尿病以外の病気にもかかりやすいことが知られています。
肥満糖尿病治療の目的は、インスリンの効きが悪い状態(インスリン抵抗性増大)を改善し、良好な血糖コントロールを取り戻すことです。そのためにも、まず減量が基本になります。
減量は、食事療法と運動療法を組み合わせて行うのが効果的です。食事で摂取エネルギーを制限し、運動で消費エネルギーを増やすことで、代謝を改善し、太りにくい体を作りましょう。発症初期なら、食事と運動による減量だけで良好な血糖コントロールを維持することが可能です。うまくいかない場合は、補助的に薬物治療を行うことがあります。
大血管障害とは
高血糖状態が続くと、動脈硬化が進んで、血管が硬くもろくなり、血液が流れにくくなります。脳や心臓、足などの大きな血管は動脈硬化の影響を受けやすく進行すると一過性脳虚血発作・脳梗塞、狭心症・心筋梗塞、末梢動脈疾患といった大血管障害が起こります。
動脈硬化を進める危険因子には、糖尿病の他、高血圧、脂質異常症、肥満、喫煙、加齢など、さまざまな要因があり、いくつかが重なると、一過性脳虚血発作・脳梗塞や狭心症・心筋梗塞、末梢動脈疾患になる危険が一気に高まります。動脈硬化によって硬くなってしまった血管を元に戻すことはできませんが、良好な血糖コントロールを維持しつつ、生活習慣を見直し血圧や脂質、体重も合わせて管理していくことで、進行を遅らせることができます。食事、運動に気をつけるのはもちろん、タバコは動脈硬化を進行させますので、禁煙しましょう。
また、動脈硬化は、血糖値がそれほど高くない“予備群”のころから始まっています。糖尿病と診断された時点ではかなり進行していると考え、適切な治療を行うとともに、定期的な検査を受けましょう。
脳血管障害
脳血管障害には全体の約75%を占める脳梗塞、約20%を占める脳出血、約5%を占めるくも膜下出血がありますが、脳梗塞については、糖尿病の人が、そうでない人に比べて2~4倍リスクが高いことが知られています。
脳梗塞とは、動脈硬化の進行によりもともと内腔が狭くなっている(狭窄している)ところで血栓が形成され内腔が完全に詰まる(閉塞する)ことにより、脳を栄養する動脈の血流がストップし、酸素や栄養を受けている神経細胞が死ぬことで、さまざまな後遺症を残す病気です。それに対して、一時的に血管が閉塞する一過性脳虚血発作は、24時間以内にもとの状態に戻るため原則として後遺症を残すことがなく、脳梗塞とは区別されます。後遺症を残さないからといって、一過性脳虚血発作を治療しないで放っておくと、3ヶ月以内に15~20%の方が脳梗塞を発症し、そのうち半数は一過性脳虚血発作を起こしてから数日以内(特に48時間以内が危ない)に脳梗塞になることが知られていますので、すぐに病院を受診しましょう。
脳梗塞の症状としては、片腕、片足が動きづらくなる(片麻痺)、ろれつが回らなくなる(構音障害)、言葉が出てこなくなる(失語)などがあります。それに対して、一過性脳虚血発作では、一過性の脱力・片麻痺や失語のほか、めまいや一過性に目の前が真っ暗になる(一過性黒内障)といった症状が出現することがあります。
虚血性心疾患
虚血性心疾患とは、心筋に酸素や栄養を運ぶ冠動脈と呼ばれる動脈が動脈硬化により狭窄や閉塞を起こすことで、心筋への血流が阻害され、心臓に障害が起こる病気の総称です。虚血性心疾患には狭心症や心筋梗塞が含まれます。
狭心症は冠動脈が動脈硬化で狭窄しているところに、階段を上がるなどの心筋の酸素需要が増すような運動などが引き金となり、一過性に冠血流が悪化し心臓が一時的に酸欠状態となって起こります。胸のあたりに圧迫されるような痛み(前胸部絞扼感)や苦しさを感じたりしますが、数分から十数分程度で消失し後遺症を残しません。
それに対して、心筋梗塞は冠動脈が閉塞したために、酸欠から心筋の一部が死滅(壊死)してしまうほど悪化した状態をいいます。左胸のあたりを中心に非常に強い圧迫感(前胸部絞扼感)や激しい痛みが起こり、人によっては肩や背中、首などに痛み(放散痛)を感じることもあります。症状は30分以上、ときには数時間に及びます。心筋梗塞の死亡率は約30%と高く、生命に別状がなくても、心不全や不整脈などの合併症が起こることがあります。 糖尿病の人が心筋梗塞を起こした場合、無痛性のことが多く、発見・治療が遅れてしまうため注意が必要です。
末梢動脈疾患
末梢動脈疾患とは、足の動脈が動脈硬化により狭窄や閉塞を起こすことにより、足に十分な血液が流れなくなることで発症する病気です。症状は、足のしびれ・冷感から始まり、病気の進行に伴い、間歇性跛行(ある程度歩くと足の痛みが生じるが、一旦休憩すると、また歩けるようになること)、安静時疼痛、皮膚潰瘍を認めるようになります。糖尿病の人の10〜15%が末梢動脈疾患を合併します。
骨粗鬆症
骨粗鬆症は骨の強度が低下することにより骨がもろくなって骨折しやすくなる病気です。閉経後の女性によくみられ、高齢者では寝たきりの原因にもなります。糖尿病の人は、そうでない人に比べて骨粗鬆症になるリスクが高く、とくに1型糖尿病の人は6~7倍といわれています。これは、インスリンには血糖値を下げるだけでなく、骨の生成を促すはたらきもあるため、インスリンの分泌量が減ったり、はたらきが悪くなると、丈夫な骨がつくれなくなるからです。また、インスリンを分泌する能力が保たれている2型糖尿病でも、高血糖により骨質が悪化すると考えられています。
骨粗鬆症による骨折は、QOL(生活の質)を大きく低下させ、寝たきりなどの原因になります。ふだんから、骨を丈夫に保つための食事や運動を心がけるようにしましょう。
とくに糖尿病の人は、骨粗鬆症になりやすいうえに、立ちくらみやふらつきを起こしやすいため、注意が必要です。日ごろから足の筋肉を鍛えるとともに、階段やつまづきやすい場所に手すりをつける、部屋を明るくする、低い姿勢から立ち上がるときはゆっくり立ち上がるなど、しっかり対策を講じることで転倒を防ぎましょう。
がん
国内外で発表された研究によると、糖尿病(主に2型糖尿病)の人は、がんリスクが20%ほど高いことが報告されています。日本人では特に大腸がん、肝臓がん、膵臓がんのリスクが高いとされています。ほかの種類のがんについては、一定の結論が得られていません。ただし、血糖値が高いことが原因となって、がんが生じているのかどうかについては、まだわかっていません。
認知症
年を重ねると誰しも、もの忘れをしやすくなったり、自分の身の回りのことができなくなったりします(認知障害)。特に糖尿病のある高齢者の場合は、高血糖の状態が長く続くことで認知機能が低下しやすくなり、もともと軽度の認知障害がある方はさらに進んで認知症を発症しやすいといわれています。
具体的には、糖尿病の方はそうでない方と比べると、アルツハイマー型認知症に約1.5倍なりやすく、脳血管性認知症に約2.5倍なりやすいと報告されています。また、糖尿病治療の副作用で重篤な低血糖が起きると、認知症を引き起こすリスクが高くなると言われています。